
知らぬ顔の半兵衛(しらぬかおのはんべえ)とは、本当は全て見抜いていながら、あえて素知らぬ顔を装おっておき、取り合わぬたとえ。「カマトト」と同義。また、決定的なところで相手を出し抜く様を言い表した言葉。あるいは諺、慣用句。 知らぬ顔の半兵衛を決め込むとも。 半兵衛とは、半兵衛という名前の人物のこと。 あるいは竹中半兵衛のこととも言われる。
別の説では、織田信長が美濃攻略を行なう際の逸話、豊臣秀吉に仕え始めた頃の逸話などが存在する。
-前田犬千代が信長の意をうけ美濃の武将竹中半兵衛を調略するために接近。半兵衛の娘・千里と仲良くなって彼女を介して半兵衛に話を持ちかけようとしたが、半兵衛はそれを見抜いており、あえて知らぬ顔を決め込んだ。半兵衛は逆にこれを利用し犬千代から織田方の兵力などの情報を聞きだして、結果、織田勢を撃退してしまった。
-羽柴秀吉が半兵衛を伴なって出陣。しかし、秀吉は全軍を退却せよと命じたにもかかわらず、半兵衛だけはこれに従おうとしない。半兵衛は自らの手勢1000人を陣地に残したため、秀吉は半兵衛の行いを責めるが半兵衛は知らぬ顔で平然と軍律違反をやってのけてしまう。しかし、これが幸いとなって半兵衛の残した手勢が勝利に導く要因となったため秀吉は一転して半兵衛を称えた。
結局、これらのエピソードから、「知らぬ顔をし、相手の意向通りに行なわないこと」という意味でも常用される。
参照出典
-『木下蔭狭間合戦(このしたかげはざまがっせん)』、人形浄瑠璃、時代物。全十段。若竹笛躬、近松余七(十返舎一九)、並木千柳合作。寛政元年(1789年)成立。
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